長嶋正樹の靴屋稼業50年 その59

March 8, 2017

真壁さんからの電話があった。

 

「長嶋さん、弘吉の社長が神戸に来てくれと言ってるんやけど」。

 

弘吉の社長というのは神戸にある靴の資材の会社、

 

弘吉商事という会社の社長だ。

 

アシックスとはオニツカの時代から関係が深いと聞いていた。

 

関西にいた時は、僕も真壁さんも弘吉の社長も3人揃って全くお酒が飲めないので、

 

気が楽だったのか、よく神戸の美味しいものを食べに連れて行ってもらった。

 

「弘吉の社長が何の話ですかね?」と聞くと

 

「なんや知らんけど、今度アシックスが革靴のウォーキングシューズを作るので、

 

革靴に詳しい長嶋さんの話を聞きたいと言っているんやけど」と言った。

 

早速、神戸に行き、いきなりアシックスのシューズ開発センターに連れて行かれた。

 

木造2階建ての開発センターには、かってのオニツカの重鎮が勢ぞろいしている。

 

高橋専務(後に社長)、冨坂部長(後に山陰アシックス工場長)、林部長(オニツカのサイドラインを作った)

 

中村課長(後にウォーキング事業部長、スポーツ工学研究所、所長)等だ。

 

面食らったのは言うまでもない。

 

しかも、高橋専務が「おまえら、革靴の事は分からへんのやから先生のいう事を聞かなあかんで!」

 

とこの凄いメンバーを前に言い放った。

 

「えっ!先生?俺が?」

 

とりあえず次回、商品構成の絵をボードに描いて持って来る事にした。

 

 

続く

 

 

林部長が作ったタイガーライン(わらじの紐をデザインしたという)

 

 

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