長嶋正樹の靴屋稼業50年 その69

May 29, 2017

ももちゃんとのニューヨーク 1

 

1984年11月の初め、大阪のももちゃんから電話があった。

 

「長嶋さん、今度俺ニューヨークに行くんだけど、

 

とても独りでは行けないので一緒に行ってくれないかなぁ」

 

「えっ!何しに行くの?」聞くと、

 

東京の靴の会社がももちゃんにレディースシューズのデザインを依頼して来て

 

それを韓国で作り、アメリカの市場で販売したい。

 

ついては、市場調査を兼ねニューヨークの販売先に同行して欲しいとの事だ。

 

現地には英語の堪能な日本人駐在員がアテンドしてくれるそうだ。

 

ももちゃんはジョンデンバーのテイクミーホームを英語で完璧に歌えるのだが、

 

英会話はからっきし駄目だ。

 

独りではとてもニューヨークまでたどり着けそうもない。

 

そこでアメリカ好きの僕に頼めば嫌と言わないだろうと考えて電話して来たのだ。

 

「えーっ12月は何かと忙しいからなー」と言ったのだが、

 

内心クリスマスシーズンのニューヨークは魅力的だ。

 

「長嶋さん!頼むよー」「しょうがねーなー!ももちゃん頼みだ、行くよ」

 

11月の27日成田発の出発がきまった。

 

前日、大阪からももちゃんが西新宿の事務所に泊まりに来た。

 

隣のワシントンホテルから成田行きのリムジンバスが出るので便利なのだ。

 

ももちゃんが向こうで履く靴が欲しいと言う。

 

ミロードのトレーディングポストでグッドイヤーウェルトの靴を選んだ。

 

これがニューヨークで悲劇になる。

 

事務所で寝袋にくるまって寝たのだが、僕は夜中酷い下痢に襲われた。

 

何度もトイレに行き、眠れない。

 

ももちゃんが心配して「大丈夫かなー、明日飛行機に乗れないんじゃないの?」

 

「俺の身体の心配じゃなくそっちかい!」

 

それでも無事ニューヨーク行きの飛行機に搭乗出来た。

 

 

続く

 

 

 

ももちゃん。ホテルミルフォードプラザ

 

 

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