長嶋正樹の靴屋稼業50年 その87

October 5, 2017

FRYE BOOTS

 

 

青山の事務所に移った頃は、アシックスのウォーキングシューズ、ペダラの企画、三菱商事のリーバイスシューズの企画、その他に当時大流行したデザイナー、キャラクターブランドの靴のOEM生産、企画をしていて大忙しだった。

 

その忙しい中でも大好きなアメリカに行きたくてたまらなかった。三菱商事の宮本さんに「アメリカの靴を輸入しましょうよ」と焚き付けてアメリカに行くことになった。

 

出張予算がない為、ディスカウントチケットのエコノミークラスのぎゅうぎゅう詰めのシートに詰め込まれ、1986年5月28日シカゴ経由でトロントに向かった。

 

トロントに行くのは三菱商事のパートナー、カナダ向けのシューズビジネスをしているMr.Dのポール.ダニエルさんにアメリカの靴メーカーにアポイントをとって貰う為だ。

 

ポールさんの会社はトロント郊外のユニオンヴィルという洒落たカフェやアンティークショップが立ち並ぶ通りのカントリー風の建物で、そこで食べた焼きたてのマフィンが凄く美味かったのでいまだにマフィンが大好きだ。

 

FRYEにアポイントをとって貰いボストンに向かう。FRYEBOOTSは1863年創業で70年代に大ヒットし、ワシントンのスミソニアン博物館にも展示されているアメリカを代表する歴史あるブーツメーカーだ。

 

ボストン郊外マルボロウの木造の古い建物が FRYEの工場だった。我々を出迎えてくれたのは背の高い髭をはやした若いお兄ちゃんでアラン.クラビッツというイケメンだ。このアランとお父さんのスタンレー.クラビッツさんとは後に思いがけない付き合いが待っていたのだ。

 

続く

 

FRYE BOOTS 日本ではリングブーツと呼ばれた人気の高いブーツだった。

 

 

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