長嶋正樹の靴屋稼業50年 その110

March 15, 2018

VANS Sneaker

 

話が前後してしまうが、1988年、宮本さんとニューヨークからロスアンゼルスに立ち寄り、ロスの三菱商事を訪ねた。宮本さんが所属する東京の資材部から渡辺さんがロスに赴任したばかりなので挨拶に寄ったのだ。

 

渡辺さんが夕食を一緒にしましょうと、サンタモニカのシーフードレストランを予約してくれた。

 

食事をしながら渡辺さんが「長嶋さん、何かロスから日本に輸出する靴はありませんか?」と聞かれた。「えっ!西海岸で靴?」と一瞬とまどったが、あるシーンが蘇った。

 

それは1983年アシックスのウォーキングシューズ『ペダラ』の発売を前にして雑誌POPEYEとタイアップし、次の年の1984年のロスアンゼルスオリンピックのマラソンコース42.195キロをペダラを履いて歩くという企画を立ち上げて、ロスに来た時だった。

 

サンセットブルヴァードを車で走っていると小さなショッピングセンターでVANSの店があり、カラーオーダーをやっていて犬飼さんが面白がってオーダーをしたのを思い出した。

 

そうだ!VANSがある!確かアナハイムの近くに工場があるはずだ。早速渡辺さんが先方に連絡を取って工場を訪ねた。

 

工場はバタビアブルヴァードにあって多くのメキシコ人が働いていた。アッパーのキャンヴァスをシルクスクリーンで染めていたので、なるほどこれだったらカラーオーダーが可能だなと思った。フォクシングテープもスカル柄やチェッカー柄などがあって、基本のスニーカーに色や柄を組み合わせてバリエーションをつけている。

 

VANSはもともとヴァンドーレン一族が立ち上げたブランドだから、VANSなのだ。我々を案内してくれたエリザベス.ヴァンドーレンさんもヴァンドーレン一族で海外向けの営業を担当している。

 

そして日本での販売代理店になった三菱商事の子会社ライフギアコーポレーションは、VANSの販売がおりからのスケボーブームで絶好調で推移した。

 

そのおかげで、出張はエコノミークラスからビジネスクラスになり、ホテルもモーテルから一流ホテルに格上げされた。

 

 

続く

 

 

1990年2月3度目のVANS社訪問。福島さん、エリザベス、田中君と僕。

 

 

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