長嶋正樹の靴屋稼業50年 その113

April 25, 2018

 

Crockett & Jones

 

クロケット&ジョーンズの靴を最初に店に置いたときはTrading Postのオリジナルブランドとして立ち上げた。今のジョナサン.ジョーンズ社長のお父さんとギネスさんにお世話になり、ギネスさんはギネスビールの親族だと聞いた。

 

ジョナサンと最初会ったのはデュッセルドルフの靴の展示会GDSのクロケット&ジョーンズのブースでだ。前の日アレン.エドモンズの各国の代理店が集まってのミーティングがあり、その中にタイの代理店の女性社長が居た。彼女はバンコクでデパートやホテルを経営し、アレン.エドモンズの代理店もやっている遣り手のおばさんだ。

 

僕がクロケット&ジョーンズのブースでサンプルを選んでいると、そのおばさんが通りかかり「あら!あんたこの靴もやっているの」と声をかけてきた。「ここの靴は良く売れてうちの主力ですよ」と答えると、おばさんは興味を示して「どれが売れるの?」と聞いてきたので、僕はチャッカブーツ、サイドゴアブーツなど「このへんが売れてる商品です」と教えてあげると、「あんたタイは暑いのよ!ブーツなんか売れないわよ!」と大声で抗議した。僕はおかしくなって笑ってしまった。

 

そんなやりとりがうるさかったのだろう、ジョナサンが「何なの?」と非難の目を向けてきた。僕はタイのおばさんとのやりとりを説明するとジョナサンも笑ってしまった。

 

それから長い間クロケット&ジョーンズと付き合いが続き、僕が三陽山長を始めたときジョナサンに手紙を書いて山長のブランドの靴を作ってもらいたいとお願いして、三陽商会の渡辺さんとノーザンプトンに行った。駅に着くとあのギネスさんが車で迎えに来てくれた。

 

工場を見て回り、オフィスの前を通るとオフィスに見た顔があった。後戻りして良く見ると、前にロータスに居て親しくしていた

ピーター.リードが居る!「ピーターどうしたの」と聞くと何日か前にクロケット&ジョーンズに入社したと言う。

 

サンプル室でジョナサンに山長のサンプルをオーダーして「英一、英二、英三」と名付けた。

 

それから何年か経ちフレンツェのPitti Uomoのクロケット&ジョーンズのブースに寄ってジョナサンに会うと「ナガシマ、娘の婚約者を紹介するよ」と行ってフィアンセを連れてきて「ナガシマとは古いんだ」とフィアンセに紹介してくれた。

 

去年伊勢丹がクロケット&ジョーンズで我々が開発した日本のコードヴァンを使ってオリジナルを作る事になり、ピーターとあのフィアンセが来て伊勢丹で再会した。ピーターはそれからすぐに定年で退職したという。

 

今はクロケット&ジョーンズはイギリスを代表する押しも押されもせぬブランドになり、古くから付き合いがあった僕としては

嬉しい限りである。

 

 

続く

 

 

 

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