長嶋正樹の靴屋稼業50年 その119

June 6, 2018

 

インドネシアのモカシン工場 1

 

1989年の2月、ニューヨーク、ジャビッツセンターの靴の展示会に行った時だ。以前にこのブログに登場した、メイン州ルイストンでモカシン工場をやっているボブ.スミスの所に居たロバート.リプソンさんにバッタリ会った。初めて会った時、てっきりリプソンさんが社長だと思ったくらい、いかにもハンドソーンモカシンの大ベテランの風格があった。アメリカのハンドソーンモカシンの事情に滅法詳しい。

 

そのリプソンさんが「インドネシアのスマトラ島にユニロイヤル(アメリカのタイヤメーカーでKedsやTopSiderも作っている)のゴムのプランテーションがあり、そこでジュニインハンドソーンモカの工場があり、TopSiderのデッキシューズを作っているよ」と教えてくれた。コストを聞くと信じられない位安い。

 

それを聞いた宮本さん(三菱商事の子会社ライフギアの社長)が「長嶋さん行ってきてよ」と言う。「えっ!やだよーインドネシアなんか」と渋った。

 

日本に帰ってくると宮本さんが「長嶋さん、ジャカルタの三菱に長嶋さんが行くからと連絡したから」ともう行くことを決めている。「しょうがねーなー!じゃあ行ってくるか」と1989年の夏、木型、紙型と革を持ってジャカルタに向かった。

 

空港に着いて税関で持ってきた革のインボイスを見せると、とんでもない額の税金を払えと言う。持って来た革の価格の10倍位の税金だ。すったもんだと税関ともめていると税関がそっと手を差し出す。「ハハーン、これが袖の下だな」と納得して20ドルを渡すと、「OK通ってもいいよ」と言う。くやしいので「領収書をくれ」と言うと「領収書が必要だったらさっきの金額だ」とのたまう。とんでもない野郎だ!「だからやなんだよ!インドネシアなんか!」とぶつぶつ文句を言いながら外に出ると、わつ!と子供が群がって来る。荷物を車やタクシーに積み込むのを手伝いチップを稼ぐのだ。

 

三菱ジャカルタの車が迎えに来てくれていてジャカルタのサリパシフィックホテルに泊まる。なかなか良いホテルだ。

 

どっと疲れが出てグッスリ眠っていると、明け方気持ちの悪い声が聞こえる。何だ何だと耳をすますとコーランの祈りだ。インドネシアはイスラムの国だったのだ。

 

 

続く

 

 

これはインドネシア製ではないTopSider(イメージです)僕のデザインですけど。

 

 

 

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