長嶋正樹の靴屋稼業50年 その125

July 18, 2018

 

スペイン 1

 

このブログ、その117でスペインのグッドイヤーウェルト工場の事を書いたが、初めてスペインに行った時の話をしよう。

 

僕がトレーディングポストの店を始めた時、M君が店で販売を手伝ってくれていた。彼は絵が上手で靴の絵も見事に描き、アメリカ好きで僕との共通点が多かった。(ただ彼は背が高くハンサムなのが僕と大きく違う)

 

M君は英語の勉強をしたいとイギリスの語学スクールに行く事になった。片腕が居なくなるのは痛手だが、彼の将来を考えて喜んで送り出した。

 

1年後M君は帰国したのだが、一緒に語学スクールのクラスメイトだったスペイン人の彼女を連れて帰って来た。彼女と結婚すると言うので、僕の会社だとそんなに高い給料はあげられない。

 

ちょうど三菱商事のフットウエア事業部が分社化してライフギアコーポレーションを立ち上げたばかりだったので、M君をライフギアコーポレーションの1号社員として入社させた。

 

だがM君の彼女は慣れない日本に馴染めずスペインに帰りたいと言う。そしてM君は彼女とスペインに帰る事になった。彼女の家はスペインのコスタ.デル.ソル(太陽海岸)と呼ばれるマラガの近くのフェンヒローラでイギリス人相手の貸別荘を営んでいる。

 

僕はスペインの話を聞いて興味深々でM君たちと一緒に付いて行く事にした。1989年5月、まず安いチケットが香港に行けば買えると聞き、香港に飛んだ。香港の旅行社を探し回りロンドン経由のマラガ行きのチケットを手に入れた。

 

ここからが波乱の旅の始まりでである。

 

 

続く

 

 

 

 

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