長嶋正樹の靴屋稼業50年 その137

October 13, 2018

山長印本舗 4

 

ファイナルのサンプルと各サイズが出来上がり、何処で売って貰おうか?

僕は新宿の伊勢丹しかないと思っていた。

 

以前アシックスの尾山さん(今はアシックスの会長)に新宿伊勢丹の紳士靴バイヤーの宮下さんを紹介して貰った。宮下さんは紳士靴の前はスポーツのバイヤーで、アシックスのペダラを最初に取り上げ、爆発的に売って貰った。その後紳士靴のバイヤーになって、僕がトレーディングポストで輸入した、アンソーンのローファーを皮切りに、クロケット&ジョーンズ、エドワードグリーン、トリッカーなどを取り扱って頂き、今の伊勢丹の紳士靴の基盤を作った方だ。

 

当時宮下さんはバイヤーではなかったが、靴を見せると「これは良いよ!バイヤーにつなぐよ」と言ってくれて2000年の9月、オーダー会でデビューした。

 

僕は内心そんなに売れないだろうとのんびり構えていたが、オープンするとお客様が次々に見えられ、足形を計測しフィッティングするのに時間がかかり、僕一人で対応していたのでお昼ごはんも食べれなかった。

〆てみると70足近く売れて自分でも驚いたが、伊勢丹のスタッフももっと驚いていた。

今では靴のオーダー会は頻繁に行われているが、当時は数少なかったと思う。

 

応援をして頂いた宮下さんを始めスタッフの鈴木良枝さん(今は中村さん)やマネージャーだった山下さん、磯田さんには感謝の言葉しか浮かばなかった。

 

名物バイヤーだった宮下さんはお酒が好きで、お酒が飲めない僕が「宮下さんお酒はほどほどにした方がいいよ」と心配して言うと「酒を飲まない奴に言われたくねぇや」と言われた。

後に伊勢丹を辞められたあとお酒が元で亡くなられてしまった。

素面の時の宮下さんは博識で色々と参考になる話を聞かせて頂いた。惜しい方をなくしたと悔やまれる。

 

その宮下さんが、伊勢丹在籍中に三陽商会の杉浦さんに僕を引き合わせてくれたのである。

 

続く

 

 

 

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