長嶋正樹の靴屋稼業50年 その140

November 1, 2018

Onitsuka Tiger

 

山長のデビューの時に応援して貰った伊勢丹の名物バイヤーだった宮下さんが興奮して事務所に来た。

アシックスのルーツ、オニツカタイガーを復刻させたいと大声で延々と語る。

 

「だけど宮下さんアシックスを動かすのは大変だよ」「ペダラ開発の時の知り合いがいるだろ」

「いる事はいるけど」「頼むよ!」

と言う訳でペダラのスタート時から一緒にやっていたアシックスの末広さんにコンタクトして担当役員にプレゼンをした。

我々の熱い情熱と勢いに負けたのだろう、企画が通った。

 

アシックスの窓口は末広さんが担当で、企画デザインは僕がアシックスの開発のスタッフとやる事になり、また神戸通いが始まった。20年ウォーキングのペダラに携わって来たので、僕の事を知っている人が多く、何かとやりやすかった。

 

西神にあるアシックススポーツ工学研究所に行くと鬼塚喜八郎社長が創業当時作ったヴァルカナイズのバスケットボールシューズ

があり、復刻するんだったらこれだ!と決めたのだが、もうアシックスの山陰の工場には加硫釜が無く、ヴァルカナイズは

出来ない。簡単に諦められないので広島の府中にあるニチマンの内田社長にお願いしてニチマンで作る事にした。

 

ニチマンの工場長の岡崎さんにお世話になり、ヴァルカナイズのバスケットボールシューズが完成した。

ヴァルカナイズ以外の製法は山陰アシックスの工場で作るので、行ってみるとペダラを立ち上げた時の部長の冨坂さんが

社長になっていて懐かしい再会を果たした。

 

オニツカタイガーの発表会は目黒の庭園美術館で行われた。

鬼塚社長をはじめ、マラソンの高橋尚子さん、小出監督、ザトベック投法の村田兆治さんなどが参列され、大盛況だった。

これがきっかけで、オニツカタイガーは今や世界的に凄いブランドになった。

 

宮下さんが言い出さなければなかったかも知れない。

 

続く

 

イタリアンレザーアッパーと牛革のフルライニングのバスケットボールシューズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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